2022年9月8日 7:21:46
imazu
第三回 日本刀の美しさ 冴えた匂
【清麿の師伝】
江戸時代後期において最も有名な刀工、山浦正行(清麿)の短刀を紹介します。
短刀 於長門國正行製
正行(まさゆき)は源清麿(きよまろ)の工銘で遍く知られている江戸時代後期の刀工です。
信濃国小諸赤岩村の出で、兄真雄(さねお)と共に備前伝(備前国に興った刀の造り方)の河村壽隆に学び、後に江戸に出て幕臣の窪田清音(くぼたすがね)の指導を受けています。
【清麿の作風の変遷】
最初は師流の備前伝互の目丁子刃(小さな丸みの連続する刃文)出来を専らとしましたが、地鉄は板目肌(いためはだ)が流れて杉の板材のように柾目がかり、地中に観察される黒っぽい線状の顕著な地景(ちけい)という働きによって肌が強調され、しかも、明るい匂と深い沸の複合になる刃中にも長く鮮明な金筋(きんすじ)が走るという、南北朝時代の左文字(さもんじ)や志津(しづ)を彷彿とさせる、相州伝(相模国鎌倉に興った特徴的刀造り)を背景とする激しい地刃を生み出したのです。
【清麿人気の秘密】
日本刀は千年以上の長きに亘って、様々な種類の刃文や地鉄が試みられ、その芸術性を高めてきました。逆に言えば、後世の刀工ほど、作品に新機軸や独創性を持たせることは難しくなります。つまり、何かをやろうと試みても、すでに誰かがやってしまっているという状態に後世の刀工は置かれる宿命にあります。
清麿はこの新々刀期の刀工でありながら、清麿伝とも呼べる独創的で覇気に富んだ素晴らしい名刀を生み出した稀有な刀工です。また、名工でありながら僅か42歳で自刃したため、作品を多く遺せなかったという点も愛好家の心を強く惹きつけます。
清麿の人気は、まさに彼の独創的な作品の魅力とこの稀有な刀工の人生譚がもたらした必然の結果といえるでしょう。
【清麿の長州打ち】
写真の短刀は、その長州で製作された銀座長州屋所蔵の一口です。所持者は兵学にも通じていた南画家の礀西涯(はざませいがい)。刃長は一尺をわずかに切る程度の寸の延びた、南北朝時代を想わせる平造(鎬筋のない刀身表面が平な構造で、正行の求めたところが良く理解できます。
【名作が備える美観】
地鉄は良く詰んだ板目に小板目が交じって地景が入り、地沸(じにえ:地に現われた沸)が付いて冴え冴えとし、特徴的な大きめの互の目の刃文が焼かれています。刃中の匂は濃密で明るく、長短に入り組む匂の足を切るように長く鋭い金筋が、沸筋(沸の連続による白っぽい線状の文様)を伴い刷毛で掃いたように幾重にも流れています。虎徹でも説明しましたが、この匂の鮮烈さこそ相州伝における名作が備える美観の要素。拡大写真を鑑賞して下さい。
【刃中に輝く金線の耀き】
匂が明るく冴えていることによって、金線が深く沈んだ黒でありながらも光り輝いて見えるのが判るでしょう。金線や金筋が刃境を越えて地中に現われたのが地景です。ここでは棟の近くの地沸が叢付いて明るく見える部分に、黒っぽく沈んでしかも輝くように筋状の働きが浮かび上がっています。
日本刀専門店 銀座長州屋